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テレサ・テン〜佳人薄命


中村とうよう

テレサ・テンさんが亡くなって、はや12年。
日本でも数々のヒット曲を生み、多くのファンを魅了した歌姫。
早すぎる死を惜しむ声は、未だやむことがありません

◆◆テレサの美徳が結晶した素直で大らかな表現力

 テレサ・テンを想うとき、どうしても心によぎるのが「佳人薄命」という語句だ。
「佳人」はただの「美人」とはニュアンスが違う。見た目が美しいだけでなくて、心ばえがよく素直で知的な女性。それで声がきれいで歌がうまかったら言うことない。そんな理想の女性が、どうして「薄命」だったりするのか。運命のいたずらと言うしかない。
写真  もともとテレサは、幸運の星の下に生まれた人、とは言いにくい。両親は中国大陸生まれの中国人だが、父が蒋介石軍の軍人として共産軍に追われ、台湾に逃れてきた。つまり有りていに言えば敗残兵の一家だから、台湾での暮らしは楽ではなかった。だが母はとてもテレサを可愛がったようで、子供のころのテレサの写真を大量に撮り貯め、大事に保存してきた。テレサが急死した翌年、ぼくは朝日新聞社の主催でテレサ遺品展を開く準備のため台北のテレサ一家を訪れ、遺された思い出の品々をすっかり見せてもらったが、そのときのお母さんの様子で、テレサに対する並々ならぬ愛情の深さを実感させられた。
 テレサが深くいつくしむに値する娘であったのは確かだ。はきはきした利発な子で、歌も上手だった。ラジオで聴いた美空ひばりの曲などを憶え、放送局主催のノド自慢大会で優勝し、13歳でテレビ局の専属歌手となり、14歳でレコードを出し始め、レストランの舞台でも歌って、裕福じゃない一家の家計を幼いテレサが支えた。しかし母がテレサを大切にしたのは、収入を頼ったからだけではない。年端も行かぬ身で歌に励む娘の、健やかな成長を心から願ってのことだったに遥いない。少なくとも母子の間では、テレサは温かい幸せに包まれて大きくなっていった。
 初期のレコードを聞くと、中国の古い歌や欧米のヒットソングから日本の演歌調まで幅広くこなしており、例えば「港町ブルース」「長崎は今日も雨だった」などを“泣き”を効かせた完璧な演歌調で歌うという具会で、天性の音感のよさに驚く。しかも表現が実に素直だ。ひばりも幼いころから天才ぶりを発挿したが、彼女の場合は達者さが鼻にうき、それがコマシャクレた嫌らしさとなって一部の大人の反感を招いたのに対し、ひばりが大好きだったテレサのほうには、そういう嫌味は露ほどもない。歌いぶりが自然で大らかでういういしい。だからこそテレサには「佳人」という修辞がふさわしく思えてならないのだ。

◆◆台湾・中国・日本で愛された世界最高の歌姫

 そんなテレサはやがて日本のレコード会社の耳をも捕え、「空港」から「愛人」「時の流れに身をまかせ」に至る数々のスーパーヒットを生み出すこととなった。だがそれと同時に、香港を中心とする中国人社会では、1983年の大作『淡淡幽情』(同年のアルバム・オヴ・ザ・イヤーを受賞)など中国語での作品こそ代表作と見られており、日本での受けとめられ方とのズレが大きいことは、指摘しておかねばならない。
 中国大陸生まれの両親が台湾にいわば亡命してから生まれたテレサだが、中国の標準語というべき北京語の発音は完璧で、なまりはまったくなかったと言われる。実際、彼女は11歳のときに学校での北京語スピーチ・コンテストで発音がいいと誉められて優勝したこともあり、中国系の人々の間ではテレサの発音の美しさが人気の一因だった。先ほど挙げたアルバム『淡淡幽惜』は、実は中国の古い詩に新しく曲を付けて歌った意欲作であり、その点も含めて高い評価を得た。この試みは、テレサの“魂の古里’’としての中国大陸への憧れを形に表わしたものであり、テレサはこのアルバムの続編の制作を念願しながら、実現できずに終わってしまった。
 91年にテレサに会った当時、彼女はパリに住んでいた。89年の天安門事件で、学生たちのデモをテレビで見たテレサは黙視していられず集会場に駆けつけ、マイクを執ってスピーチをし、一曲歌った。この事件で犠牲者が出たことに深い絶望を味わったテレサは、中国から逃れるかのようにパリに向かったのだった。だが「本当は大陸で歌いたいんでしょ」という質問には「もちろん。でもそれには中国がいい方向に変わってくれなくちゃ」というのがテレサの答えだった。その願望は果たされないまま、95年に42歳という若さで急死してしまったのである。
 結局、テレサには中国亡命者の娘という運命が最後までつきまとった。ぼくはテレサを世界最高の歌姫と評価するとともに、表しいかな「薄命」なればこそテレサは「僅人」だったわだ、との想いを振り払えない。


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中村とうよう(なかむらとうよう)
音楽評論家。1932年、京都府生まれ。京都大学卒業後、銀行に4年半勤務したあと音楽評論に転じ、1969年に「ミュージック・マガジン」を立ち上げる。主な著書に『大衆音楽の真実』『地球が回る音』『ポピュラー音楽の世紀』など。

商品番号074 667
価 格¥2,520(税込)
タイトルテレサ・テン/歌姫〜ヒット歌謡をうたう
曲 目北の宿から/津軽海峡・冬景色/舟唄/二人でお酒を/あなた/そっとおやすみ/そして・・・めぐり逢い、他

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情報更新:2007/10/30

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