小林秀雄の生の対話の躍動感から
真理や普遍に通じる何かが立ち上がってくる
茂木健一郎 |
何回聞いてもあきない肉声の録音
生涯に、人生をすっかり変えてしまう出会いなど、そうあるものではない。私の場合、小林秀雄の肉声の録音に接したことが、決して忘れることのできない様々な変化のきっかけになった。
その講演を繰り返し聞いているうちに、受験の時に、『考えるヒント』などを読まされた、という記憶しかなかった批評の神様が、ぐんと身近な存在になった。その深くて人間的な魅力に目を開かれた。
小林秀雄の語りは、落語家の志ん生に似ている。ともすれば難解だと思われがちなその文章とは、大分印象が異なる。ざっくばらんで、気さく。それでいて、底に確かな熱い情熱がちろちろと燃えている。これだけの「声」をもった人は、文化人、一般人に限らず、そういるものではない。
まさに批評の世界に君臨していた小林秀雄だが、親友の青山二郎は、「お前は書くものよりも座談の方がはるかに面白い」と常々言っていたという。語りにしか表れない、小林秀雄その人の何とも言えない魅力のことを指していたのだろう。
小林秀雄に限らず、誰でも、その肉声のリズムを文章に刻むことは至難のわざだ。肉声の録音ということについて、私たちは、もう少し真剣に考えてみる必要があるのではないか。それは、一種の文化財とさえ言えるように思う。何回聞いてもあきない。語り手の生のリズムが、自分に乗り移りさえする。そんな貴重な経験を、見逃してしまう手はない。
一人語りも面白い小林秀雄だが、このCDでは中村光夫や大岡昇平といった一流の対話相手を得て、その生命の躍動(エラン・ヴィタール)はますます輝いている。文化というものの根底や、絵画などの芸術、仕事というもののやり方などに関する、丁々発止、知と知のぶつかり合い。私の場合、どうしても小林秀雄の発言の方をひいき目に聞いてしまうのは仕方がないことだが、どんな立場からでも、それぞれの人なりの智恵の宝庫を掘り出すことができるだろう。
この録音は長らく絶版で、入手することが困難だった。私は数年前にインターネットのオークションで苦労して落札した。ちょっと高い値段になってしまったが、そうするだけの価値があると思ったし、実際何回も繰り返し聞いて多くのことを学び、満足している。その「幻の録音」が手に入れやすいCDとして発売されるのは、喜ばしいと同時に、ちょっと悔しい。
古代ギリシャの哲学者、プラトンは、書き言葉よ りも話し言葉の方が上だと考えていた。プラトンの師、ソクラテスは、弟子たちに語るだけで著作を残さなかった。プラトン自身も、その残した著作よりも、アカデミアにおける対話こそが自分の人生の最高の作品と考えていたふしがある。
対話の現場における、ライブ感覚を大切にする。その時こそ、真理や、愛や、普遍に通じる何かが立ち上がる。そんな古に通じる感覚を、様々な記録メディアが発達した現代に住む我々は、かえって希薄なものにしてしまっているのではないか。推敲を重ね、文字に定着された業績と同じくらい、時にはそれ以上に、生の対話の躍動感を尊重し、それを生きる糧にする。そのような智恵を身につけることは、現代人が二度と繰り返すことのない自らの生を充実させる上でも、大切なことではないかと思う。 ▼ ほかの記事も読む
講師:茂木健一郎(もぎけんいちろう)
1962年、東京生まれ。理学博士(東京大学)、専攻は脳科学、認知科学。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。脳において感覚を構成する質感「クオリア」の研究をし、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」でキャスターとしても活躍。2005年、「脳と仮想」で小林秀雄賞受賞。
商品番号 |
072 676 |
価 格 |
¥2,100(税込) |
タイトル |
小林秀雄/文化の根底を探る |
講演者 |
小林秀雄 聞き手は中村光夫・大岡昇平 |
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