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新婚気分とまではいかなかったが・・・
心浮き立った箱根路

奥田益也

箱根湯元駅からスイッチバック式の登山電車、ケーブルカー、ロープウェイを乗り継ぎ、大涌谷に出た瞬間、棚引く湯煙と濃い硫黄の臭いに圧倒された。まさに大いなる自然の迫力だ。名物の「1個で寿命が7年延びる」という触れ込みの黒卵を、小腹もすいていたし、カミさんに煽てられるまま2個平らげたら、胸焼けがしてしまった。
「バーカ、欲出すからよ」と笑われたが、今度の旅はチケット手配からホテル予約、コース選定まで、すべてカミさんの企画・演出だから頭が上がらない。まして夫婦で旅などは新婚旅行から40年間、これでたったの4回目。出不精な亭主は旅先では無能そのものなのを、自認もしている。

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大涌谷をあとにロープウェイで桃源郷に出て写真では知っていた海賊船に乗り込んだ。デッキで「写真撮ってやるよ」と言うと、妙なくらい他人行儀に遠慮する。女性も60を過ぎると写真嫌いになるものかと、少し寂しい気がしないでもなかったが、「たまの旅行の記念じゃないか」と説き伏せてデジカメに収めた。海賊船の旅はあっという間の航路であったが、溜まった心の淀みがスーッを洗い流されるようで、“水は人を癒す”というのは嘘じゃないと感じた。

夕方5時頃には宿のホテルに着いて旅装を解き、1年に1回あるかないかの温泉浴を満喫した。周囲を木々に囲まれ、目の前に滝を臨む深閑とした感じの野天風呂は、時間が早いせいか人の気配もなく、快適さを独り占めした気分だ。温泉から上がったカミさんの笑顔が艶然と見えるのは、旅先ならでは、かな。ビールで寛いだ夕食後は、部屋で自販機の日本酒で延長戦。家では尻を落ち着けて晩酌すると「早く飲んでしまってよ」と文句をこぼすカミさんも、「もう少し飲めるかな」と酌を急かす。こうして小さな箱根路の旅初日は終わった。

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翌朝は自宅では考えられないことに5時には目が醒めてしまった。ホテルのバスで仙石原に出て、今が盛りのススキの原の坂道を登った。日頃の運動不足がたたってか、「てっぺんまで登ろう」という意気込みは、ガクガクの膝とともに萎えてしまった。諦めてスタスタ急ぎ足で坂を下りていると、擦れ違う若い男女が、「あのオバサン、人がよさそうだから頼んでみたら」、「そうだな」と言い合っている。振り返って見ると、どうやらカミさんのことらしい。それとも知らず、ツーショットの撮影を頼まれたカミさんは、「せっかくなんだから、もっと近寄らなきゃ」などとお節介なことを言っている。

「あんたのこと、人のよさそうなオバサンと言ってたぞ」と告げたら、これから登るとばかり思っていた二人連れが、すぐそばを下りて来た。こっちもツーショットをお願いしようと思ったが、流石に気が引けた。

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仙石原から箱根湯元駅に戻り、昼食はカミさんがガイドブックで目をつけた蕎麦屋で、ざるそばとビールで一服。蕎麦湯を飲み干すほど美味しかった。カミさんが「トイミュージアムに行ってみない」と言うので坂道を歩き始めたが、あまりの急勾配に閉口して引き返す。ところが駅前には送迎のバスが停まっているではないか。“やれ嬉しや”と乗り込んだ。

昔懐かしいメンコやブリキのオモチャの数々を見ているうちに、子供時代を過ごした昭和30年代の我が姿が目の裏に浮かび上がった。ゼンマイ仕掛けで動くボクシングの玩具の前では、思わず「お〜い、来てみろよ。俺、これ買ってもらったんだよ〜」と、ほかの展示品を覗いていたカミさんに呼びかけていた。決して豊かな家庭ではなかったが、多分、無理をしたのだろう、共稼ぎをしていたお袋が、当時は贅沢品だった玩具を買ってくれたのを、よく覚えている。「お前、よく保存されていたなぁ」と声をかけてやりたいような思いがした。ミュージアムを出た瞬間は、郷愁と現実が目の前でゴチャゴチャになり、眩暈がした。

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駅に戻り、みやげ物店が並ぶ通りで試食しながら干物と梅干を買い、コーヒ店で一服する。
「どう?たまには、いいでしょ」と2日間の旅の感想を求めるカミさんに、何と答えたものか言葉を探していると、「あなたも仕事ばかりで人生終わったんでは、面白くないでしょ」と、説教されてしまった。帰りのロマンスカーの車中では、カンビールを干すうちウトウトしてきた。その耳元でカミさんが「また、どこかに行きましょうね」と言った。「ああ」と生返事をしたが、わずか2日間の旅は満更でもなかった。



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著者近影 奥田 益也
昭和19年、鹿児島市生まれ。高校時代は甲子園を目指したが、周囲の選手との実力差に断念。大学中退後、記録映画制作会社制作課、教育出版社製版室、靴業界出版社勤務後、自営業。現在は草野球の現役選手を目指し、シニア・チームを探している。


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情報更新:2008/05/10

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