うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと 眠れぬ夜に聞く私の〈魔物〉
旅にあろうとも、屋根のある所に寝る限りは天井を見て起き、天井を見て眠る。CDを聞きながら私は天井の梁を見ていた。
私は乱歩とともに、屋根裏を忍び足で歩き、毒薬を天井から垂らし、殺人者となる。眠れない夜に夢の魔物がしのびよる。
この作品を聞くと、私は、今年3月に心不全で急死した、久世光彦氏を思い出す。「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などで知られるドラマ作りの名手である氏は又、乱歩作品の最高の読み手でもある。久世氏は、〈屋根裏の散歩者〉に憧れて、母の留守中に女中部屋に忍び込み、剥がれた天井板から屋根裏に上がろうとした記憶を語っている。
「息をつめてそろそろと板を動かすと、ぽっかりと黒い穴が口を開き、その奥にぼんやりとした空間が見える。そこが、乱歩が書いているような光の条が降っている世界なのかどうかは、上がってみなければわからないが、私にはその穴がゆっくり手招きしているように思えてならなかった。ここへくれば、もっと悪い夢が見られるよ。小さな穴はそう言っているようだった」(『悪い夢』)
久世氏は言う。「そこに棲んでいるのが、懐かしい私の〈魔〉たちである。その〈魔〉たちと連れ立って、私は今日までやってきた。はるばると、ここまでやってきた」と。屋根裏には、悪い夢の魔 物が棲んでいる。乱歩の「屋根裏の散歩者」はその回路への案内人である。そしてく魔物〉は誰にも言えない、私の胸に秘めた〈連れ人〉にも似ている。
乱歩が好んで揮毫した、「うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと」の世界である。
「屋根裏の散歩者」が発表されたのは、大正 14年8月、初期短編集のひとっに加えられる作品である。乱歩は解説をする。
「この小説は、私が青年時代三重県鳥羽造船所に勤めていて、独身寮で、会社を休んで、昼間でも押入の上段に布団をしいて寝ていたときの経験と、それから、大阪の近くの守口に住んでいたころ、押入の天井板をはずして、屋根裏の散歩という着想そのものに魅力を感じて書いたものだから、その方の描写が主となり、犯罪発覚の論理性は取ってつけたようなものになった。論理探偵小説としては不合格かも知れない」 (『探偵小説名作集1』河出書房版解説)
探偵小説としては、不合格かも知れないなどと乱歩は言うが、毒殺のトリックを解明する明智小五郎の推理も又、眠れぬ夜、CDを聞く楽しみでもある。乱歩が鳥羽の造船所にいたのは本作発表の8年前の23歳の11月から25歳1月までである。その独身寮から鳥羽の青い海が見えたはずである。
美しい海に背を向けて天井裏を散歩する主人公郷田三郎は、もちろん乱歩自身。三郎は蛇にでもなったような気分で屋根裏を散歩する。
乱歩と、そして三郎と溶けあう柄本さんの朗読は、心の奥底に響き、含差をふくみ、私を悪い夢に誘う。
乱歩と一緒の夜は眠れない夜である。 ▼ これまでの記事も読む
筆者:渡辺憲司
1944年生まれ。立教大学文学部教授。専攻は江戸文学、殊に遊里文学。近著・編集に『新版 色道大鏡』(八木書店)、『江戸文化とサブカルチャー』(至文堂)等がある。
商品番号 |
072 170 |
価 格 |
\3,150(税込)/2枚組特別価格 |
タイトル |
江戸川乱歩/屋根裏の散歩者 |
朗 読 |
柄本明 |
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