『不忠臣蔵』はどの役も名優・小沢昭一のハマリ役
日本は昔から芝居の批評が発達していた国で、役者評判記などは坂田藤十郎の時代からある。その伝統的な評価基準(今日までず一っとつながっているの だが)は「役が役者の人に合っているか、どうか」で、要するにどんなに巧く演技をしても、人と役柄が合っていなければダメなのだ。少々言うのがおそろしいが、杉村春子さんの『欲望という名の電車』のブランチを認めない人が多かったのは、このためだ。
これもおそるおそる言うのだが、名優・小沢昭一さんに『忠臣蔵』の役があるだろうか?大石内蔵助[芝居では大星由良之助]や浅野内匠頭[塩谷判官]、勘平は、まあ、ねえ(すみ ません)。吉良上野介[高師直]だって、小沢さんはあれほど権柄ずく、居丈高にはなれないし、定九郎ほど強悪でなく、伴内ほど単純でもない。あれほどの名優を『忠臣蔵』で使えないのか。
ところがここに〈天恵〉ともいうべき作品があった。井上ひさし『不忠臣蔵』だ。討入りに不参加、または脱落した浅野藩士の銘々伝。これだったらもう、どれといわずどの役も小沢昭一の手のうちで、名企画である。
今回の朗読にとり上げられたのはそのうちの二人、江戸賄方酒寄作右衛門、同じく留書役岡田利右衛門。ただ井上さんは作品中では主人公を別に置いた。本当の主役は妙海尼と梶川与惣兵衛。
松の廊下の刃傷で内匠頭を抱き止め、吉良への遺恨を果たさせなかったのは、侍として不人情ではないか、おまけにそれで五百石の加増とは・・・・終生、口さがない世間のおもちゃにされた梶川。
赤穂浪士が本懐をとげ、お預けの後切腹し果てると、泉岳寺に不思議な尼僧が現われる。噂では堀部安兵衛の妻だという。彼女が切々と語る義士たちの苦労の数々、忠臣蔵の語り部妙海尼。
安兵衛の妻とは真ッ赤な偽りだったが、その真率な語りは江戸中の人々の涙を絞ったらしい。一方の梶川も、これが真相だと書き残した記録はすべて己に有利になっているというから、人間というのはなかなかに複雑で難しい、うっかり誉めもけなしも出来ない。
もちろん、こうなればますます小沢昭一の朗 読は得意の巻となるのだが、ぜひ聞いてもらいたいのは、この中の人名・地名等の固有名詞、刀槍・筆墨など今の世の中では珍しくなった事物の名前、そうしたものの発音の正しさ・良さだ。
文章では書けないけれども、この読み方がアクセントばかりでなく、抑揚・強弱・音調すべてに折り目正しく、真っ当なものだ。篇中の候文など、いまどき模範とするに足る。井上さんの原文も旧い日本語を巧妙に混ぜて見事なものだが、小沢さんのように読まれると、それはまことに美しく聞こえる。 ▼ これまでの記事も読む
筆者:鴨下信一(かもしたしんいち)
1935年生まれ。演出家。手がけた作品に『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たち』『高校教師』『幸福』等(テレビ)、『華岡青洲の妻』『ガラスの動物園』等、向田邦子小劇場にて『眠り人形』『びっくり箱』『春が来た』等。エッセイの朗読多数。白石加代子の朗読劇『百物語』『源氏物語』でも活躍。
商品番号 |
072 665 |
価 格 |
\3,150(税込)/2枚組特別価格 |
タイトル |
井上ひさし/不忠臣蔵 |
朗 読 |
小沢昭一 |
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